台北ヘヴン/台北日誌
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台北生活の体験日誌

#011-015
#011:台湾大震災から1年(その1-発生)[21/Sep/2000]

ちょうど1年経ちました

台湾大震災からちょうど1年が経過しました。その時の身の回りや感じたことを記しておきます。幸いにも僕らに被害はありませんでしたが、被害を受けた方々のご冥福と早い復興を祈ります。
大地震発生!

台南:
1999年9月21日未明、その大規模な地震は集集鎮にて発生した。大きなうねりは無常にも建物を崩壊させ多くの人々を飲み込んでいった。突然の災害に対してやはり人は無力だった。

台北:
午前1時を大きく過ぎていたので、僕らは既に就寝していた。深い眠りについていたはずなのに、なぜか僕らは同時に目が覚めた。消灯したはずの枕元のスタンドが、暴れるかのように強く点灯したためだ。顔を見合わせ「なんで?」と考えているわずか数秒の間でその灯りはすーっと静かに消えていった。

揺れを感じたのはこの直後だった。電力の異常が揺れのスピードより速かった。
「止まれ!」

間違いなくその揺れはこれまで経験した中でも最大のものだった。立方体を形成する部屋は今にも菱形に変形するかのように歪み、シャンデリアは暴れてけたたましい音を発生して揺れの大きさを示していた。僕らは必至にお互いをかばい、「止まれ!」と叫ぶしかなかったが、揺れは願いとは反対に喰らい付くかのように大きさを増していくのだった。どれだけの間揺れつづけたかは思い出せないが、その間は非常に長く感じ、死にたくないと強く願うことが精一杯だった。

深夜に発生した大地震の後、断続的に続く余震、暗闇の台北で不安な夜を過ごすことになった。

#012:台湾大震災から1年(その2-暗闇)[21/Sep/2000]

電力遮断

長い揺れが収まった後、僕らは冷静さを取り戻すのに必至だった。"大丈夫か!‥‥大きかったな‥‥まだ揺れている‥‥"などど言葉をかわしたあとに、ようやく回りの状況を観ることが出来るようになってきた。

まず電気を付けてみたのだが、まったく点灯しなかった。外を見渡すと、どの建物にも灯りを確認出来ないので、どうやら電力は遮断されたようだ。9月末とはいえ台北にはまだ熱気があり、室内は生暖かい空気で満たされていた。たまらず窓を開けて外を見渡すと、外に飛び出した人たちが大声で話しているのが聞こえてきた。

焦点の定まらない懐中電灯の灯りが、隣のマンションの室内をうろうろしていた。僕らも手のひらにすっぽり納まるような小さな電灯をようやく取り出し室内の状況を確認したが、家具の位置が多少ずれている程度で幸いにも被害は確認出来なかった。
ショウさんと大家さん

住まいの隣人に日本人はいないのだが、日本語を話せる人が多く住んでおり、向かいに住む大家さんもその例外ではなかった。玄関側から話し声が聞こえてきたので、出てみると大家さんと上の階に住むショウさんだった。

  僕ら  「大丈夫でしたか?」
  大家さん「大丈夫!よかったー」
  僕ら  「どこか被害とか出ているんですか?」
  大家さん「八徳路でビルが倒壊したみたい...」
  僕ら  「えー!ホントですか!」
  大家さん「この(住んでいる)ビルは大丈夫だから安心して!」

我が家からはさほど遠くない八徳路で、ビルが倒壊した事実を聞いて驚いた反面、住んでいるビルの耐久性が理由はどうあれ大丈夫と分かったことで胸を撫で下ろした。
アイスで気持ちを抑える

部屋に戻り、「大変なことになった!これからどうするかな?」とソファに腰掛けながら思案していた時に、妙案が思いついた。昼間買っておいたアイスを思い出したのだった。このままではしばらく電力は復旧しそうにないことはビルが倒壊したことで容易に想像出来た。不謹慎かもしれないが、冷たいアイスは興奮した頭を冷やしてくれた。
余震は続く

こうしている間にも余震は次々に襲ってきた。最初の地震よりもはるかに小さいのだが、感覚に深く刻み込まれた大きな揺れが恐怖を増加させていた。しばらくの間リビングで過ごした僕らは外に出る決心をした。暗闇で閉鎖された室内で感じる揺れをもはや体が受け付けてくれなかった。

#013:台湾大震災から1年(その3-小雨模様〜灯)[22/Sep/2000]

とりあえず外に出る

6Fに住んでいるが、今まで階段を使ったことは全くなかった。電灯で足元を照らしながら、この階段がかなり急なことに初めて気が付いた。やっとのことで階段を下り、ようやく外に出てみると、小雨が降っていた。そのため、台北特有のホコリっぽさはなく、大きく息を吸い込むと爽快な感じがした。やはり狭い室内にこもっているのは精神的に良くないようだ。

辺りを見回すと、懐中電灯を除いて灯りは全くなかった。外に出ている人もさほど多くないようだが、あまり気にせず寝てしまったのだろうか(もしそうならいい度胸です)?外に出た僕らは、今後の災害時のために緊急避難集合場所を決めることにした。なぜなら、深夜の震災のためお互い家に居たからいいものの、もしも日中であればお互いの安否で不安は増大するだけだと思ったからだ。
駐在員の使とは?

その後、街を散策してみたが、ビルの外壁等落ちて危険ではあるが、倒壊というほどの被害はなかった。日本から知人が台北に出張していたので滞在先のホテルに向かうことにした。これは、駐在員の使命。
ホテルの灯りに安堵

ホテルに近づくにつれ、灯りが見えてきた。どうやらホテルは自家発電を持っているようで、眩しいくらいに光り輝いて見えた。さすがに光あるところには人が集まっている。玄関には大勢とは言わないまでも十数人が集まっていた。話をしたくても、北京語を話せないのが辛かった。

ホテルの外壁は地震の影響ではがれ落ちており、縦横1mはあろう大理石の外壁が地面にたたきつけられて粉々になっていた。この下敷きになっていたら、ひとたまりないと考えると改めて寒気を感じた。宿泊客でもないのに灯りにつられロビーに侵入した僕らは一角にあるソファをゲットすることに成功した。目の前には立派な生花が飾られており、なんともいえない心地良さだった。

#014:台湾大震災から1年(その4-ポルダーガイスト?)[25/Sep/2000]

ああ勘違い

その夜、台北市内のホテルにて地震を経験した知人はポルダーガイスト現象と勘違いしていた。

ホテルロビーに呼び出した知人は寝ぼけているようで、状況が把握出来ていなかった。どうやら地震だと思っていない。彼曰く....

「いつものようにCNN付けっ放しで寝ていたんです。すると誰か部屋に入ってきました。毎晩テレビ付けっ放しだから、遂に怒られると思って、寝たふりをしていたんですが....いきなりテレビをバターン!!!!と倒したので、うわーなんてオッカナイ人だと思ってビビリました。怖くて怖くて、起き上がること出来ませんでした!!!!でも周りを見渡すと、だ・誰もいないんです!!!!部屋の中はテレビが倒れていてめちゃくちゃです!!!!これはポルダーガイスト現象です!!!!」

一気にまくしたてた彼に僕らはあっけにとられるしかなかった。地震が発生し、ビルが倒壊するなどの緊急事態だと説明しても、簡単には納得してくれませんでした。彼は慣れない台北滞在にてオーバワーク気味でした。爆睡していたところへの惨事でしたが、どうやら疲れのほうが上だったようで恐怖を感じる余裕はなかったようです。とはいえ無事だったことは、何よりも朗報でした。僕らはもう一度状況を説明し、ホテルを離れることにした。
出張者は無事帰国、で俺は?

朝になり正気に戻った彼は慌てて「今日、帰ることにしました」と言い台北を去っていった。

ああ、めでたし、めでたし....だが僕たちは台北に居ていいのかな????

#015:台湾大震災から1年(その5-夜明け)[26/Sep/2000]

夜が明ける

ホテルから戻り緊張が和らいできたのか横になって眠ることが出来た。それでも大きな余震で1時間程度で目が覚めてしまうのだった。午前6時頃、周りはだんだん明るくなってきていた。状況は...
  • 家電製品は動作せず(電力未供給)
  • 辺りはいつもの喧騒がない(交通期間のマヒ)
  • 時々救命ヘリが南西方向に向かって飛んでいる。
  • 電話は発信音が聞こえるが、なかなか通じない。
  • 水道は出る(ビル屋上のタンクにある分かな)
情報は自分の目や感覚で得るものばかりで、肝心のどこで地震が発生し、どれほどの被害がでているかは全く掴みようがなかった。果たしてこれからどのような生活になるのかも想像出来なかった。
会社からの連絡

そんな時、勤め先より電話連絡が入った。
「無事ですか!!!!本日は休日としますので、家族の無事を最優先に行動してください!!!!被害状況や今後の見通しが立っていないので、屋上の貯水タンクがなくなる前に水をまず確保してください。」

会社の対応に感謝すると共に"生きるすべ"を確保しなければいけないことにハタと気づいた。やはり事態はかなり重大なようだ。僕らはありったけのビンとバスタブに水を貯めた。こうしていると、改めて緊急事態の中にいることを認識した。
メールを送る

次にこれから心配かけるであろう、日本への連絡を取ることにした。国際電話はかかりにくくなっていた。う〜んと考えて、E-mailにて無事との情報発信をすることにした。幸いにもノートPCだったため、電力がなくてもバッテリで動作した(わずか30分ぐらいですが‥‥)以下の簡単なメールを思いつく人全てに送信し、一安心したのだった。

|On Tue, 21 Sep 1999 06:31:52 +0800
|みなさま
|昨晩の台湾の震災についてご心配おかけしていますが。
|僕たちは無事です。ご安心下さい。
|台北の町は電力等復旧しておらず、暗い夜を過ごしましたが
|ようやくあたりが明るくなってきました。


日本から衝撃の情報を得る

つながり難い電話でも日本からは何度もかかってきた。いずれも無事であることを喜んでくれたのですが、僕らにとっては情報入手に非常に役立った。
  • 震源地は台南、規模はM7.6で関西震災より大きい。
  • 日本のテレビではトップニュースでの報道。
  • 台北の倒壊した12F建てビルがメイン映像のため、日本の報道では壊滅的なイメージを受ける。
  • 死者は既に100人を超えており、これからも増える見通し。

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