台北ヘヴン/台北日誌
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台北生活の体験日誌

#101-105
#101:時を遅らせる(いいわけ)[20/Dec/2002]
 早いものです。

 12月も終盤です。どんな偉大な人でも過去は取り戻すことが出来ないので、口惜しくも早く過ぎた感じがするものです。今年は遅かったなんていう人は滅多にいないはずです。今年の自分はどうだったろうか?成長出来たのだろうか?立ち止まって振り返る余裕を持っていたいと思います。

 ホームページを更新せずに1ケ月以上が経過しました。いかんいかん。ぐうたらした時間さえも過ぎてしまえば、このように早いと感じる訳です。
 過ぎた時間(過去)を遅く感じることは不可能!
 それでは、過ぎる時間(現在)を遅く感じるためにはどうすれば良いか?

 答えは常に時間を意識し、区切りつけて行動することだと思います。例えば、1時間時計を見つづける‥‥そんなおばかさんはいませんが、3600秒という時間を存分に堪能出来るはずです。すなわち、行動に対して目標時間を設定すれば、時間を遅く感じることが出来るのではないでしょうか。

 しかし、経験的には集中すると時間の経つのが早くなったように感じます。しかしながら、ボーっと時計を見ていた1分間と、真剣に時計に向き合った1分間では真剣に時計を見たほうが遅く感じるのではないでしょうか?少なくとも成果は大きい!

 よって、集中すれば過ぎる時間(現在)は遅く感じることが出来るはず。
 サイトを更新しなかったことを、へりくつで誤魔化しながら、目出度く台北日誌101回を迎えたのでした。
#102:サンタバス[23/Dec/2002]
 先日、コーヒー屋さんでくつろいでいる時に、ふっと外を見るとサンタクロースがバスを運転していてびっくりした。トナカイはどこ行った?
 台北市内を走る首都客運バスがクリスマスに向けて、行っているサービスだということが分ったが、60名の運転手がサンタクロースの格好をしており、400名はサンタ帽子をかぶっているそうだ。イブの日にはプレゼント(キャンディーなど)をくれるらしい。子供でなくともワクワクしてしまう。

 台北市内のバス路線は網の目の様にめぐらされており、複数のバス会社によって運営されている。その中でも首都客運バスはバス車両が新しいので快適である。今回のサンタバスの件といい、顧客サービスに努力していることが良くわかる。

 一方、車両がボロく運転が荒いバス会社もある。スリルを求めたいならば、こちらをオススメしたい。
 今朝、台北に60名しかいないサンタクロースを見かけた。
何かいいことがありそうな気がする。そんな小さな幸せを感じさせてくれる、良いイベントだと思う。

※リンク先が表示されないかも知れませんが、台北ヘヴンのミスではありません。
#103:クリスマス模様[24/Dec/2002]
 さて年に一度のクリスマスイブです。

 本日の台北はどんより曇り空です。ホワイトクリスマスなど夢のまた夢‥‥
 台北クリスマスの盛り上がりはどうか?街を観察しているとデパートの盛況ぶりが目に付きます。クリスマスソングが流れる館内は、バーゲンを行い、購買意欲を煽っています。通常の倍ぐらいのお客さんで、大賑わいしています。果たして不景気なんでしょうかね?

 バーゲンではあちこちの店先に「8折」(例)といった文字を見かけます。これは8掛けの意味で20%OFFを示しています。もちろん「1折」なんて強烈な値引きを見かけることもあります。疑い深い筆者は、かえって身構えますが、飛ぶように売れていることは言うまでもありません。
 そんなクリスマス、日本のように極親しい人達でパーティしたり、恋人どうしが語り合ったりするのでしょうか?これまでところ、そんな印象はありません‥‥
 人それぞれのクリスマス。そんなこと気にしてどうする!
◇ Wishing you a merry christmas!
◇ from Taipei heaven
 
#104:クリスマスな習慣[25/Dec/2002]
 台北ではどのようなクリスマスを過ごすのか気になり、「台湾ではクリスマスにプレゼントを贈る習慣はあるんですか?」と聞いてみたところ‥‥

「プレゼントを贈る習慣はあるけど、ほとんどが男性から女性に対してだね」

という答えが返って来た。不平等な感じがしないでもないが、この他にバレンタインや誕生日にも、男性は女性にプレゼントをする。一方、ホワイトデーが定着していないのは、ほんと女性にとって世の中うまく出来ている。
 一方、前日の深酒がたたり2日酔いで気分悪い一日を過ごしたので、早く床についた11時半ごろ、クリスマスに台湾出張している深酒仲間より電話が入った。

「ようやく仕事が終ったから飲みにいかない?」

 悪魔の囁きである。一瞬迷ったが、もちろん快諾。場所は台湾料理居酒屋の印地安(インディアン)というお店。以前行った時にコオロギ(?)のから揚げを食べて以来、中身のヌルッとした触感にしばらく敬遠していたが、他の料理は可も不可もない。

 店では恐竜のガイコツがお出迎えしてくれる。店内はクリスマスのため活気がある。周りは恋人同士というよりもグループが多く、それぞれが樽からなみなみとビールを注ぎクリスマスの楽しい夜を分かち合っていた。あまり日本と変った雰囲気はなかった。
 楽しいひと時が過ぎ、外は夜からの雨が降り続いていた。

 雪のない台北。ホワイトクリスマスになればいいプレゼントだろうに‥‥
#105:国交断絶から30年[26/Dec/2002]
 1972年9月29日、日本と台湾の国交が断絶された。つまり30年もの年月が経過したことになります。大陸(中国)との新たな国交樹立がきっかけです。
 最近、日本政府が模索していた様子を示す外交文書が出てきました。

政府、「1つの中国、1つの台湾」模索=国連議席問題−17回目の外交文書公開
 外務省は23日、1950、60年代を中心とする17回目の外交文書を公開した。この中で、中華人民共和国(中国)の国連加盟をめぐり国際社会の駆け引きが展開されていた64年、日本政府が、「1つの中国、1つの台湾」の概念で、当時国交があった中華民国(台湾)の国連議席の維持を模索していたことが明らかになった。公開された文書は、東京・麻布台の外交史料館で24日から閲覧できる。

 公開された日台関係の極秘文書によると、外務省は61年3月時点で、中国の国連加盟が認められる事態を想定し、自由主義陣営の台湾を引き続き国連に残留させる案の検討に入っていた。こうした中、フランスが64年1月27日に中国を国家承認し、同国の国連加盟が一層現実味を帯び始めた。

 これを受けて外務省アジア局は、翌28日付で「台湾問題研究課題案」(極秘)を作成。台湾が全中国を代表する唯一の合法政府とする従来の建前とは別に、「1つの中国、1つの台湾のアイデアに基づく台湾の国連メンバーシップ維持工作」を水面下で進めることとした。

 同年3月に台湾を訪問した毛利松平外務政務次官(当時、以下同)は、蒋介石総統らとの会談で、この日本政府の案を打診。しかし、同総統は大陸への反攻による中国統一にこだわる姿勢を示し、「いつでも国連脱退の決意を有している」として拒否。同年7月に訪台した大平正芳外相にも沈昌煥外相は「2つの中国やこれに類似の考え方は困る」と主張して、日本側の説得は不調に終わった。 (時事通信)
[12月23日19時2分更新]

 この記事を読むまでは、大陸が国交樹立の条件として、台湾との国交解消を条件にしていたのだと思っていましたが、趣が異なるようです。「1つの中国、1つの台湾」という解釈は、実は日本政府の案だったようです。
 当時の台湾は国民党率いる蒋介石総統が、中国を追い出されてなお、虎視眈々と野望を描いていたようです。その時、蒋介石が日本の提案を受け入れていたら‥‥と思えば、なんとも言い様のないくやしさを覚えます。 
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