台北ヘヴン/台北日誌
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台北生活の体験日誌

#146-150
#146:寝返り打つ牛[12/Aug/2003]
台北で震度3

先週までロフトで寝ていたが、環境の変化を求めて寝室を移動しました。そんな昨晩、ちょうど眠りに入ろうとした時に、下からブルブル突き上げる振動‥‥ブルブル、ブルブル‥‥「こんな夜中に近所で工事かな?」と思ったところに、みしっという音と共にゆさゆさ揺れました。震源は宜蘭で震度5、台北は震度3でした。久しぶりの地震でしたが、新しい寝室でこんなにも敏感に感じるとは‥‥思いもしませんでした。
なぜ地震は起こるか?

「地殻を形成するプレートが‥」なんてマジメな話は専門家におまかせするとして、その昔日本では「ナマズが暴れると、地震が発生する」と言われてきました。そんな因果か今でも地震予知としてナマズの動作が研究されています。

一方、台湾では「牛が寝返りを打つと、地震が起こる」と言われています。足を折りたたむようにして座り込みながら寝る牛しか見たことがありませんが、それほど珍しそうな牛の寝返りは地面を揺り動かすほどの力があるのかもしれません。かといって牛に地震予知能力があるかと言えば、のんびりしていそうなのでそんな気はしませんが、犬が地震予知に優れていることを考えると、動物は押しなべて天災を引き起こす変化に敏感なのかもしれません。→「今、牛の研究が熱い!」なんてことになったりして。

皮肉にも人間が一番鈍感だったりして。
#147:帰国で食べたもの[05/Sep/2003]
帰国していました

8月末頃に6日間日本に帰国していました。(かと言って更新が遅い理由にならん)1年に1度ぐらいしか帰国していません。日本でしか食べられない日本食を補給するには貴重な帰国となりますが、日程はなんだかハードなので、食べ忘れるものも数多くあります。
期待が大きいばかりに‥

ちなみに今回の予定と成果は‥‥

予定 実績 勝敗
寿司 回転寿司を狙っていたが‥
マーケットのパックで終了
さしみ 食べた、うまかった
が、やはり冬場だな
焼肉 しょぼいステーキにて代役
秋刀魚と鮎の塩焼きを完食
でも落ち鮎でなく残念
ラーメン チャンスなし ×
ビアガーデン 雨中なので行った
揚げ物はおいしくないよ
でも友との酒盛りは最高
たこ焼き 大阪にて満足
お好み焼き 大阪にて満足

4勝1敗3引き分けでしたが、客観的に見てかなり甘めの採点です。帰国直前の期待が大きいだけに、気分的には1勝4敗3引き分けぐらいです。
#148:帰国で感じたこと[05/Sep/2003]
コンビニの前は食堂ではない

その昔、歩きながら食べているとこっぴどく叱られました。大人になるに従って、当たり前のことだなあと感じられるようになりました。食事は人間の欲を満たす儀式で、公衆の面前にさらすものではありません。しかし、台湾では歩きながらどころか、街角で座り込んで弁当を食べている人を見かける。その度に「なんだかなあ〜」と憤りを感じていました。

日本のコンビニ業界は成熟期に入ったようで、田舎でさえも、つぶれる店があれば新規開店も多いようです。品揃えは消費者の心の重箱の隅をつつくような、見事な品揃えでした。特に食品の品揃えは圧巻で弁当、惣菜、飲料、インスタント食品、お菓子‥‥まさにエクセレント!何も買わなくとも楽しい感じがしました。(何か買えよ!)

しかし、一方にはコンビニで買った弁当やラーメンを店の前で食べる若者の姿を見かけました。ようやく食事にありつけたという感じではなく、まったりと仲間との時間を楽しんでいるようでした。おそらくコンビニは彼らにとって、生活の一部に組み込まれてしまっているのでしょう。逆でなければいいのですが‥‥

公衆の面前に食欲をさらけだすことの恥ずかしささえ、今の日本は教えられないのでしょうか?彼らはそれぞれの青春を謳歌しているのでしょうが、大人になる過程で最低限のことぐらいは身に付けてほしいと思います。そりゃ、筆者だって聖人君子ではないから、夜市などでは歩きながら食べることもあります。でも、ちょっとした違和感や恥ずかしさを感じるものです。(夜市は逆にそうした食事環境が楽しい場所でもあります)
日本は高度にシステム化されている

帰国の度に「なんて綺麗な国なのだろうか」と感じていました。路は整然としているし、施設の中ではゴミ一つ落ちていない。また、レストランや商店の店員の対応も、お客のためを思って奉仕する綺麗な姿勢がひしひしと伝わってくる。

「なぜ綺麗なんだろう?」と疑問に思っていましたが、答えが見つかりました。
人が集うところには、ビジネスとしてのサービスが存在します。日本の成熟したサービス産業は、清掃や接客の仕方がマニュアル化されているはすです。お客の反応を常にフィードバックしたサービスはきわまるところがありません。
街は、行政の努力によって理路整然と保たれています。(しかしながら、手の及ばない裏手には怪しく汚い場所も見られ、特に大阪のさびれた繁華街は台湾の雑多な雰囲気を感じました。)路上の交通は車が殆どで、台北に多いスクーターと言う異分子が少ないため、統一感ある交通を信号が事務的にこなしています。

日本はいろんな面で高度にシステム化された社会なのです。当たり前と思われるかもしれませんが、台湾にはその当たり前はありません。都市に暮らす人は街に張り巡らされたシステムと言うスケートリンク上で、踊っているだけなのかもしれません。

決して、悪い意味ではありません。こうした美しさは持ちつづけていてほしいと思います。もっと言えば、日本人らしさをおろそかにせず‥‥(結局そう落ちたか)
踊る??

「踊っている‥」といえば「踊る大捜査線」の映画が日本で大ヒットしていました。台湾では最近TVドラマをやっています。一度見たことありますが、今見てもなかなか面白いです。先日、昔の映画をVCD購入(39元=約140円)して見ましたが、最後には歌っちゃいますね。LaLaLaLaLa Somebody Tonight〜!ってね。台湾でも上映しないかなあ〜。
#149:餃子と格闘[09/Sep/2003]
え、作るの?

土曜の夜、カミさんの友達の家で食事をご馳走になった。今月末には日本に帰国だそうで、そんな貴重な時間を我々に頂けたかと思うとかなり恐縮‥‥

ケーキ、ビール、カクテル、ワインなどを買い込んで伺ったところ、ちょっと趣が変。「じゃあ、餃子を作ってください」ってきたもんだ。行く前にそれとなく聞いていたが、まさか本当に作ることになるとは‥。自慢じゃないが料理はさっぱりである。料理東西軍(どっちの料理ショー)を見るのは好きだが、料理は頭でなく五感でつくるものだ。素人にやらせちゃいかん。

具を作らなくてもよかったのは幸いだった。味付けなんて俺にやらそうものなら、誰もがお腹をすかせるハメになる。料理の先生となったカミさんの友人は「では包み方を説明します」と言ったもつかのま、見事な餃子をこしらえてしまった。う〜ん見事。分ったことは、(1)具を皮にのせる、(2)閉じる部分に水をつける、(3)ひだを作りながら閉じる、ことだけだった。

さっそくやってみた → → → →(その間約1分)→ → → → → できた。
見事なまでに、ヒダのない餃子が出来上がった。半分に切られたUFOみたいなシロモノだった。横でカミさんが笑いころげている。
さすが図画工作が5(通信簿)

格闘すること5分ほど、5〜6個ぐらい作ったところで、なんとなくコツが分ってきた。ヒダは強引に作っちゃえばいいのである。ここで言う強引とは皮を伸ばしながら作るということで、力ずくと言う意味ではない。

そして格闘すること小一時間、無事餃子が完成。どうだまいったか!
餃子うまけりゃ酒もすすむ

微力ながらも自分の手伝った餃子がまずいはずはない。そもそも包み方は味に関係ないことがよく分かった。餃子うまけりゃ、酒もうまい。さらに話も盛り上がるときたもんだ。深夜までお邪魔してすみませんでした。いい思い出になったか?甚だ疑問ですが‥
#150:正名運動[12/Sep/2003]
めでたく150回達成

この台湾日誌も、のらりくらりしながら150回を達成しました。回数や内容にこだわるつもりはありませんが、台湾に居る間は閉鎖することなく続けてたいと思います。
さて、今回は150回に相応しく9/6に開催された正名運動について。
正名運動とは?

台湾が正しい名前を求める運動です。

1911年に南京を首都とした中華民国が設立されました。1945年の終戦により日本に代わって台湾を占領し、そのわずか4年後、中国共産党が中華民国の領土を支配したことによって、国民党は台湾に追いやられました。

これだけでは「中華民国」=「台湾」と言う図式に見えますが、実際には中華民国設立時には台湾の領土は含まれていませんでした。もちろん国民党が台湾の支配を始めたころも、未開の地とされ国際的な立場はありませんでした。その後、中国共産党が国民党を追い詰めながらも、台湾領土まで踏み込まなかったことは、その当時の中国共産党は台湾を領土とする意思がなかったからにほかなりません。

即ち、歴史的な背景より「中華民国」≠「台湾」となります。中華民国自体はもはや国の名前でしかないのです。(領土を持たない国号)
中華民国を使うことの意味

国としての中華民国と言う名称は、国際的に認知されていないことからも、使う意味がありません。しかしながら、中国本土を未だに自分達の故郷だと思う人達(外省人:大陸から移り住んだ人々)にとっては、存在価値としてのアイデンティティです。

逆に、昔から台湾に住む人々から見ればどうでしょう?

 ・中華民国は大陸から移住し、国の中枢を司り、利権を我が物にした
 ・元々どこにも属していないはずなのに、中国までもが領土を主張している

こんなところではないでしょうか?知らぬものが武器を手に我が家にやってきて、表札をかけたようなものです。
いらぬ表札は外さねばならぬ

いらぬ表札「中華民国」をはずす時期が来たと言うことでしょう。自分達の国家を作る間もないまま、好きにされてきた台湾の領土は、従来から住んでいた人々、そして台湾の発展を願う人々の手で立ち上がろうとしています。

9月6日に行われた正名運動には、主催者発表で15万人と史上最大のデモとなりました。国際社会から認められないがために国連、WHOに加入出来ないことや、主要各国が中国の顔色だけを見ている今、国益よりもアイデンティティを求めて大きな雄叫びを挙げたように写りました。

残念ながら筆者は参加できませんでしたが、実際には日本人の参加も数百名ありました(実は正名運動の発端は日本です)。あるグループでは日本人がシュプレヒコールの音頭を取る場面もあったそうです。

一方、国民党を中心とした統一派(中国と1つになろうと言う考えを持つ)も同じ日に、団結を見せる集会を行っていました。どちらかと言えば統一派よりの台湾のマスコミは、両方を同じ扱いにしていましたが、方や炎天下での大集会(正名運動)、方や空調の聴いた会場に議員が集結‥では比べ様もありません。国は国民があってこそという、根本的な思想が統一派には抜けています。(さて、日本はどうでしょう?)

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